ZENISTLIFE1章-3|感じるチカラで心地よく

ゆるふわに心地よく生きるロードマップ-福岡箱崎たまゆら庵 ZENISTLIFE

ゴールが決まったら楽に進めるようになった。

迷いながら、不安を感じながらも自分の足で歩いている感覚がある。

自分はどうしたいのか?なにができるのか?

そんなことを考えてモンモンとしていたころにくらべてフットワークが軽くなった、気がするだけかな。でも、

「どうすりゃいいんだろう?」

なんて考えていた時間が、

「じゃあこれやってみようかな」

と考える時間に変わったのは自分でもわかる。

実際になにが変わったかといえば、目に見える変化があるわけじゃない。でも、自分の気持ちや感覚はたしかに変わった気がする。

その場その場で自分を満たしながら進んでいる感じ。自分の真ん中に心地よさがある。このまんま人生を過ごせるんだったら、いまの生活でも構わない。

いままでは気がつかなかったけど、生活のありとあらゆるところに自分を満たしてくれるものがあった。いままでは余裕がなくて、それに気づけなかっただけだったんだ。

いつまでこの状態が続くかわからないけど、このまま過ごしていれば、なんとかなる安心感がある。いままでにはなかったこの安心感。

自分の居場所がない、そんな感じがなくなった。ずっと心にあった不安がなくなった、わけじゃないけど、不安は軽くなっている。

なにかしようとしたときにでてくる悪魔のささやき。

オマエになにができる? ホントにできる? おまえにそんなチカラはないでしょ? いままでもそうだった、だから、これからもだ! オマエは無力、なにもできやしないのさ!

そんな言葉が聞こえる感じがして、

「そうだ。ワタシはできるの? いやできるわけがない。あきらめよう。失敗するまえに」

と自分で自分に制限をかけて、なにかやろうとするのを自分でとめていた。

その原因は不安だったのだが、それが少なくなったのだ。

自分がなにをしたくないかを決めて、それをやらないと決める。

自分はどこに行こうとしているか決める。

達成したときの感覚を先に味わう。その感覚を味わいながら過ごす。

やったことはそれだけなのに、いままでとは違う人生になった。

この感覚のまんま、人生を過ごしていければ。

時間に追われることなく、自分のペースで、好きなときに好きなことができれば。

ワタシにできるのか?

いや、やるんだ。そのヒントを探しに「たまにはSoraでもながめましょ」へやってきた。

いつものオレンジのパーカーにデニム姿のおじさん。今日は他にもだれかいる。おじさんと話をしてる。

「カミシゲさんさぁ……」

とおじさんにその人が言っている。このおじさんの名前はカミシゲさんというんだ。

「こんにちは」

「ああ、こんにちは。どうやら前に進めているようですね」

「そうですね。迷いながらですけど自分の足で歩いてる感じがあって、いままでとは違う感覚です」

いまは。という言葉が続いて出てきそうな顔をしてたんだろうか、カミシゲさんが話をしてくれた。

「いまの感じを続けるには「感じるチカラ」を磨いていくことです。ほとんどの人がこの感じるチカラが鈍ってるんです。で、まず、考えちゃうわけです。考えて考えて、最終的に動かない理由で自分をガチガチに固めるわけです。考えないで感じることを大切にすると結果は変わってきますよ」

考えない感じる。

ブルース・リーみたい。でも、たしかに感じることって大事かも。

「AとBどっちが自分にとって心地よい選択か感じとるんです。体の感覚を観察して、AとBどっちが自分の感覚を心地よくしてくれるか感じる練習をしてたら、最初はハズレることもあるけど、続けるうちに心地よいほうを選べますよ。地味に地道にトコトコと感覚を磨いていくことですね」

地味に地道にトコトコ。なんかガツンと一発でかわる方法を知りたいんだけど、やっぱないんだろうなぁ。

「世の中の成功メソッドは何のためにあるかって言ったら、そんな魔法のようなものは存在しないことを知るためなんです。よほどのアホか超がつくほどの天才じゃないかぎり、聞いたことを実践して成功することはできない、と思ってたほうが結局うまくいくんです」

アホはいやだし、超がつくほどの天才でもないわけだから、地味に地道にトコトコと進むのが一番なんだ。なんか安心した。

「ちなみに感じるチカラを磨いていくと、アホか超天才になることもできるんですよ。時間はかかりますけどね」

え? そうなんだ。感じるチカラを磨いてみよう。でも、なんで?

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